ブラタモリ神戸編ロケ地巡り 神戸の街 ~神戸はなぜハイカラなのか?~

このページの目次

  1. 今回のテーマは「#65 神戸の街 ~神戸はなぜハイカラなのか?~」
  2. 神戸異人館は昔は段々畑だった
  3. 外国人居留地を分ける二つの川
  4. 六甲山の南を流れる川は天井川がいっぱい
  5. 神戸の洋菓子とメリケン波止場
  6. ブラタモリ神戸編ロケ地巡りの写真・画像

今回のテーマは「#65 神戸の街 ~神戸はなぜハイカラなのか?~」

今回のブラタモリ神戸編は、ハイカラな街・神戸を訪ねて、異人館や旧居留地、湊川周辺をタモリさんが歩きます。

神戸は開港150年を迎えました。開港以来、神戸には様々な西洋の文化が入り、外国人の住む居留地や雑居地が作られました。神戸がハイカラな街になった理由を、タモリさんが神戸の街を歩きながら歴史をひもといていきます。

前回のブラタモリ神戸編のテーマは「#64 神戸の港 ~神戸はなぜ1300年も良港なのか?~」でした。

タモリさんが、前回巡ったロケ地は、過去の記事でご覧ください。
おいしい神戸の水 神戸ウォーター布引の水の秘密と六甲山の関係 ブラタモリのロケ地巡り

神戸異人館は昔は段々畑だった

タモリさんが最初に訪れたのは、「京都の北野」ではなく(※テレビを見た方だけがわかる)、神戸市中央区北野町にある、神戸異人館街です。

神戸市北野町・異人館街
神戸市北野町・異人館街

異人館のあたりは、開港当初は段々畑になっており、その当時の畑の畦道が現在の通りになりました。そのため、細くて曲がりくねった坂道が多いのだそうです。

神戸市北野町・異人館街
神戸市北野町・異人館街は曲がりくねった細い坂道が多い。

外国人居留地と違って、北野町には雑居地として外国人が住むようになりました。そのため、外国人居留地のように、きれいに区画整理されていません。

神戸北野天満神社の周りには、畑が広がり、西側には大きなため池があったそうです。ため池の水を抜き、建てられた洋館が「風見鶏の館」です。風見鶏の館が半地下になっているのはそのためです。

風見鶏の館で、タモリさんが入った地下室は普段は非公開になっています。風見鶏の館では、定期的に、非公開の地下室や天井裏を公開する「風見鶏の館探検ツアー」を開催しています。

風見鶏の館 神戸北野異人館

昔は池だった風見鶏の館
昔は池だった場所に建てられた風見鶏の館

風見鶏の館の館内
風見鶏の館の館内

北野天満神社境内から見た風見鶏の館と神戸の風景
北野天満神社境内から見た風見鶏の館と神戸の風景


風見鶏の館

外国人居留地を分ける二つの川

外国人居留地は、一見、区画整理されているように見えますが、実は、地番が連続していません。

その理由は、開港から居留地造成までの時間が短く、開港時には、外国人が住める場所がほとんどありませんでした。

そのため、造成しやすい場所から順番に地番がつけられたため、地番が順序よく並んでいないのです。また、神戸には、横浜や長崎の開港都市にはない雑居地が多いというのも特徴の一つです。

神戸旧居留地 オフィシャルサイト

外国人居留地・旧居留地 1番地
外国人居留地・旧居留地 1番地

他の都市にはない雑居地が神戸で認められた理由の一つには、六甲山と天井川の存在があげられます。

外国人居留地の北には六甲山、西には湊川、東には生田川があります。

六甲山と、この二つの川が、外国人居留地と日本人が住む街を分けるのに便利な地形だったのです。開港当初は、湊川も生田川も外国人居留地に近いところを流れていました。

旧生田川・現在のフラワーロード
現在のフラワーロード。開港当初、ここに生田川が流れていた。写真は東遊園地付近。


フラワーロードには昔生田川が流れていた

湊川公園と新開地商店街
湊川公園と新開地商店街。昔はここに湊川が流れていた。


湊川公園

六甲山の南を流れる川は天井川がいっぱい

開港当時、兵庫県の行政、貿易の中心だった兵庫津と外国人居留地を分け隔てていたのは、湊川です。東の境界は生田川です。

湊川は、現在の新開地をまっすぐ兵庫港へ下っていました。湊川は過去にたびたび氾濫し、堆積物により河床が高くなり、天井川となりました。現在は、新湊川として旧湊川から西側に移され、苅藻島へ流れています。

六甲山の南に流れる川は、急峻で洪水が起こりやすかったため、天井川が多くあります。この地域には、現在も天井川を見ることができる場所があります。

住吉川や芦屋川も天井川で、地上を走っている道路や電車は、川の下を通って行きます。電車は地上を走っているので、頭上を川が流れていることには気づかないと思います。


住吉川の下を通るJR東海道線

ブラタモリでは取り上げられていませんでしたが、生田川にも同じような歴史があり、昔は、現在のフラワーロードを生田川が流れていました。

旧生田川・現在のフラワーロード
旧生田川・現在のフラワーロード。写真は加納町の交差点付近の旧生田川の石碑。

生田川がフラワーロードを流れていた頃、居留地に住む外国人が生田川の堤防敷を運動場として利用していた場所が、現在の東遊園地です。東遊園地は、神戸ルミナリエのメイン会場となっていますので、その名前を知っている方は多いと思います。

東遊園地には競馬場があり、河川敷を利用した運動場では、ラグビー、 サッカー、ホッケー、テニス、野球、クリケットなどが行われ、これらのスポーツは、この地から日本全国へと広まっていきました。

たくさんある神戸発祥の文化やスポーツは、外国人居留地から始まりました。東遊園地周辺や神戸市内には、発祥の地を示した碑がたくさんあります。


東遊園地は、昔、河川敷の広場だった。

神戸の洋菓子とメリケン波止場

現在のメリケンパークのあった場所は、昔は船舶が停泊する埠頭がありました。

埠頭の近くにはアメリカ領事館があり、「アメリカン」がなまって、「メリケン」と呼ばれるようになったそうです。また、メリケン粉(小麦粉)が多く輸入されたので「メリケン波止場」と呼ばれるようになったとする説もあります。

神戸メリケンパーク
現在の神戸メリケンパーク。開港当初は埠頭があった場所。


神戸メリケンパーク

外国人が多く住む神戸では、洋菓子の開発が進みました。

そのため、メリケン粉(小麦粉)砂糖、卵などの消費が増え、メリケン粉(小麦粉)などの輸入量が増えました。そして、日本で最初の製粉工場が神戸港に作られます。そのことにより、洋菓子の街・神戸として発展してきました。

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ブラタモリ神戸編ロケ地巡りの写真・画像

神戸市北野町・異人館街
神戸市北野町・異人館街

神戸市北野町・異人館街
神戸市北野町・異人館街

昔は池だった風見鶏の館
昔は池だった風見鶏の館

風見鶏の館の館内
風見鶏の館の館内

北野天満神社境内から見た風見鶏の館と神戸の風景
北野天満神社境内から見た風見鶏の館と神戸の風景

現在の生田川
現在の生田川

旧生田川・現在のフラワーロード
旧生田川・現在のフラワーロード 写真は加納町の交差点付近

旧生田川・現在のフラワーロードフラワーロード
旧生田川・現在のフラワーロードフラワーロード 写真は東遊園地付近

湊川公園と新開地商店街
湊川公園と新開地商店街・昔はここに湊川が流れていました。

湊川公園から見下ろす湊川商店街
湊川公園から見下ろす湊川商店街

新湊川・会下山公園のトンネル
新湊川・会下山公園のトンネル

湊川隧道
湊川隧道

外国人居留地・旧居留地
外国人居留地・旧居留地

外国人居留地・旧居留地 1番地
外国人居留地・旧居留地 1番地

外国人居留地・旧居留地 5番地
外国人居留地・旧居留地 5番地

外国人居留地・旧居留地 38番地
外国人居留地・旧居留地 38番地

神戸メリケンパーク
神戸メリケンパーク

過去の記事

前回のブラタモリ神戸編のテーマは「#64 神戸の港 ~神戸はなぜ1300年も良港なのか?~」でした。

タモリさんが、前回巡ったロケ地は、過去の記事でご覧ください。
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投稿者: Mari

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